兎徒然

うさぎと暮らす日々、ときどきアート

集団意識にのまれない、個の在り方。

   脳科学者の中野信子さんの著書を読んだ。

   衝撃的なタイトルだろうか?この本を読むのは確認作業だった。小学2年の時に思ったこと、それがタイトルのまんまだったのだ。

 

 

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)
 

 

  私は元々コミュニケーションが苦手だ。子どもの頃から変わってるね、とよく言われたし、なぜ皆んなと同じにできないのかわからなかった。同じようなことを中野信子さんも語っており、とてもシンパシーを感じた。

  自分がなぜ皆んなと違うのか知りたいと思った、脳のことを勉強すればわかるとおもったことが中野信子さんが脳科学の道を志すキッカケになったそうだ。

  私の場合、そのモヤモヤはものを創るという昇華に至った為、学術的な道には進まなかったが、今でも脳科学や心理学の本を読み、日々人間関係の成り立ちを咀嚼している。

  

  いじめというのはなくならない。大人でもいじめをする。人間が集まれば排除しようとする個体が有り、排除される個体がある。

  7歳の私は確信を持った。

  それまで、なんで私は上手くみんなと会話ができないんだろう、私の考えてることは周りと違いすぎる。集団の輪の中にうまく座れないのは、自分が悪いと思っていたし、どうにか座らないといけないと思っていた。

  けれど、大人になってもいじめはある、人間はいじめる動物なんだと考え至ってからは、ある意味開き直って楽になれた。集団から外れて生きていこうとわりきってしまった。

  中野氏によると、排他感情(いじめ)というのは集団を維持し、人間が生き延びるために必要であると脳にプログラミングされているそうだ。

  集団を乱す個体は攻撃して排除しなければいけない。だが、他者を攻撃することは自らの安全を脅かすことでもある。

  脳はその攻撃を快感に感じるようにプログラミングされている。これがいじめのメカニズムなのだそう。仲間意識、集団意識が強いほど、この作用は強く働く。

 

 

  私は多分、この仲間意識を強くするホルモンの分泌が少ないんだと思う。集団を守るために働く因子があれば、私のように独立して、集団の輪から外れることで、全体の行き過ぎた思想を抑止する個体も出てくるのだろう。

  昨今の社会での、KYとか忖度という言語の使われ方があまり好きではない。本来の言葉の意味を裏返して、個人の意思を軽んじる傾向にあると思う。空気を読んでくれない人にはしっかり言語でコミュニケーションを取ろうとしてほしい。自分に考えがあるように、他者にも考えがある。そんな当たり前のことを、と思うかもしれないが、それを見失うほど人間は集団になると一方的に突き進んでいく脳のメカニズムを持っているのだ。(極端な例が戦争や迫害)

  

   話はそれるが中野氏は、テレビやラジオなどのトークの方が本より面白い。ものすごい情報量を少ないセンテンスでわかりやすく語る。

  書籍になると平易でわかりやすいが一冊の情報量は少ない。これは彼女が学生時代から経験した、理解してもらえない自分を気にしすぎているせいだろう。

   そのままドッと一冊にぶちこんでくれたら読み応えあるだろうなぁ。

 

  興味がない方も、読んでいただきありがとうございます。

  ふきちゃんでしめよう。

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   ふきはあんまりまわりはきにしないでしねー。人間はごちゃごちゃ考えすぎでしよ。

  

 

  

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flemy.hatenablog.jp

 

 

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