兎徒然

うさぎと暮らす日々、ときどきアート

恋文は読めない。

  向田邦子は生涯を独身で通した。

  20代の頃はやはり周囲がやきもきして、見合い話も多々あったようだ。

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  女優か!?というようなポートレート

 

向田邦子を読む(文春ムック) (文春MOOK)
 

 

  1つの見合いをエッセイにのこしている。

  知人の家でそれとなく、という段取りであったが、あいにく暴風雨とぶつかってしまった。一足遅れて玄関へ入ると、相手は今しがた着いたところである。

  青年は傘を逆さにして傘立てに入れる。

  物持ちのいい人だなと感心しながら足許を見たら、靴には黒いビニールの靴カバーがかかっていた。

   そこで邦子は、

  上がらないで帰ろうかなと思った。

   という。

 

  実は私も同じような経験がある。20歳ごろにお付き合いしていた人が、良い新茶を買ってきてくれたときのこと。お茶党の私は、嬉々としてすぐに茶を淹れようと急須に適正量の茶葉を入れた。

  彼は「高い茶葉をそんなに!もったいない」と言ったのだ。

  ああ、この人とは別れるなと、そのとき思った。

  つまらない私事を語ってしまった。(。-∀-)

 

思い出トランプ (新潮文庫)

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新装版 夜中の薔薇 (講談社文庫)

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男どき女どき (新潮文庫)

男どき女どき (新潮文庫)

 

 



   向田邦子は自分の恋愛は、語ったり、随筆としてのこしたりはしていない。業が深すぎて相手がいない、といった風に独身の理由を茶化しているが、彼女の作品を読むと男女関係の描き方が実に濃厚なのだ。

  相手がいなかったわけではなかろう、とどうしても下衆な勘ぐりをしてしまう。

  行為そのものは一切の描写が無いのに、情事を匂い立たせる官能的なシーン。源氏物語のような、古典を彷彿とさせるエロティークさがある。あるのは市井の男女の日常の機微。

  巧いなぁ。と思う。

  若い作家がベッドシーンを書くと、やたらにエモーショナルだったり、また逆に品が無かったりするが、向田邦子の視点は常にフラットだ。だからこそ日常におりてきて官能性を帯びる。

  

  人間的にとても成熟していた人だと思う。

  邦子の妹和子が姉の思い出をエッセイにのこしている。

 

向田邦子の青春―写真とエッセイで綴る姉の素顔 (文春文庫)

向田邦子の青春―写真とエッセイで綴る姉の素顔 (文春文庫)

 

 

  小学生の頃の夏休みの家庭科の宿題で、姉のワンピースでバッグを作り提出した。和子さんにとっては自信作だったが、先生の評価は低かった。

  がっかりしている妹に、向田邦子は言う。

  「あなたがリフォームで作ったのは、とってもいいことよ。でも、みんながそのことに気がつくとはかぎらない」

   いいことだと思ってやっても、他の人からみたら違うことも多いと諭したのだ。

   ー大人だからわかるとか、子どもだからわからないということでもないし、先生だからと言って、わかるということではない。わかる人はわかるし、わからない人はわからないのよ」

  その上で、人のことをあなたがわかってあげられるとしたら良いことだと、妹に伝える。

  年の離れた姉妹なので邦子は当時20歳前後であるが、それにしても成熟した思考だと思う。そしてその真理を小学生の妹にもわかるように諭せるとは。

  人間関係のいざこざはこの真理の不理解が根本にあることがほとんどだ。こんなことを、お説教じみるでもなくサラリと伝えることは、親でも難しいのではないか。

  また和子さんは、姉から人の悪口を聞いたことがないという。いいところも悪いところも受け止めていた、と。

  向田邦子はクールだけどドライではない。

  「除け者にするのは、可哀そう。あったかくないよ。違う方法があるよ。もっと遠くで見ていてあげようよ」

   「悪口言う前にやれることがあるでしょ。冷たいよね」

   「一回だけのマイナスで、袋叩きにしてはいけないよ」

   学生時代は転校を繰り返したというが、どこにいってもクラスのまとめ役として頼りにされたそうだ。そりゃそうだろなぁと思う。

 

  向田邦子は飛行機事故で突然逝った。直木賞をとって、小説家としてこれから、という時だった。

  日記などは遺されていなかったが、亡くなった恋人への手紙はとってあったという。

  向田邦子の美しさを余すことなく写した写真は、カメラマンの恋人が撮影したものだったのだ。

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  その恋人はひと回りほど上で、妻子を捨てた人、ありていに言えば不倫である。酒に溺れて乱れた生活をする恋人と別れようとした時期もあったという。

  しかし邦子は脳卒中になったその人の金銭面まで面倒をみていたそうだ。恋人は最期、自死してしまう。

  向田邦子が飛行機事故でなく、病死とか、老衰であったなら、この話は世にでることなく葬り去られたであろう。

  和子さんは自分の名で、姉の秘めたる恋を出版してしまった。色んなところで経緯を目にして、私も知ることになってしまったが、本は読んでいない。

  自筆の文がそのまま載っているのだ。

 私には、読めなかった。

 

 気になる方はどうぞ。

向田邦子の恋文 (新潮文庫)