兎徒然

うさぎと暮らす日々、ときどきアート

算数と共感覚

  学校教育について、色々なコメントを頂きました。何件か、今は発見型授業が主流になってきている、とか!

  今の教科書が変わっているなら、子供たちも変わっていくでしょうね。今度教科書を見てみようと思う。

 

 

flemy.hatenablog.jp

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お腹は治ったでしよ!
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さて、今日はふきちゃんの食べすぎ事件で延びた算数の話。

  私がシュタイナー教育に惹かれたのは、発達段階による子供の絵の資料を探していた際に見つけた、シュタイナー学校のノートの写真からだった。

 

www.steiner.ed.jp

  私が小学一年の時のノートにそっくりだった。色鉛筆は授業中に使えないからこんなにカラフルなものではなかったけど、数字がもたらすら幾何学模様を描いて答えを出していた。

  入学してすぐ、算数の授業が始まった時、何をやっているのかさっぱりわからなかった。

  両親は教育的な関心が無かったので、私も兄も姉もわりとほったらかしで育った方だと思う。そうなると、面白いもので、興味や関心が本当にバラバラ。生まれながらの特性がわかりやすく出た兄妹、と言われたことがある。

  兄と姉は今から考えると理系で、保育園時代から数字への興味が強かったんだと思う。だからか、私は足し算はおろか時計の見方も知らなかったし、1時間が60分ということも知らなかった。

 

  絵や物語は好きだったので、漢字も書けるくらいだった。だから、教科によっての理解が、就学時には既にばらつきがあった。

  先生はもしかしたら説明はしていたのかもしれない。が、もとから聞き取りが苦手な私はもはやパニックだった。

 

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  この+とか−の記号は何を意味するのか、それが分からないうちにどんどん黒板に問題がかかれていって、最初のテストで0点だったか、たしか酷い点数をとった。

  持って帰ったら、母の顔はみるみる青ざめていった。

  言語の理解は早かったので、母は何の心配もしていなかったのだと思う。兄も姉もどちらかというとできる子だったし、まさか自分の子がこんなにアホだとは…と実際に母が知人に話していたのをきいて、私の学校生活は前途多難だった。

  あぁ、私はダメな子なんだ。算数のテストができないなんて、母にとっては恥ずかしい子なんだ。

  私は必死で教科書を読んだ。

  文章問題まで行くと、その単元の意図することが分かり、やっと+は合わせる、−は省く、ということだと理解できた。

  ただ、数に対しての概念というか、認識がまだ育っていなかったので、ものすごい時間がかかった。式がでてきたら、まず何か物語をつくり、やり取りする相手と物質を決めて、絵を描く、それでやっと答えがわかるという具合。

  次のテストでは100点をとれたけれど、母は私の計算する姿をみてギョッとしていた。

 

  時計の読み方は兄に教えてもらった気がする。きいてしまえばなんだ、という感じだったが、私は6歳まで時間という概念が無かったんだと思う。

 

  また、理解してからもスピードが要求されるようになると簡単な足し算も間違えた。

 

 

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)

 
ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界

ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界

 

 

 

  私には共感覚がある。大人になった今は色聴といって、音を視覚で感じるというのだけ残っている。やっかいなことに小さな頃は文字や数字にもそれぞれ決まった色があって、国語ではそれが記憶の助けになった一方で、算数の際には数の足し算をするつもりが、いつのまにか色の足し算になっていることがあった。

 

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  例えば2は赤。クルクルと回転している。

  6は空色。静かでおだやか。

  そこであわてて2+6をする。ちゃんと物語があれば、これは数を足すんだ、と認識できる。でもあわてるといつのまにか紫になっている。

  紫は私にとっては3だった。

  

 保育園時代に混色を完全に理解していたので、色の足し算を無意識でしてしまうのだ。

  3はピョンピョンとびはねて、いつのまにかうさぎが脳内に跳ねているし、私の脳内はいつも忙しかった。

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ふきは、2と9だと思っていたでしが、実は3なんでしって!
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  国語の方がまだ具体的で妄想の余地が少なかった。

  小3くらいになると、やっとそのめくるめく妄想を意識して止めることができるようになったが、最初に付いた苦手意識はずーっと残ってしまった。テストで100点はとれても、私は算数を完全に理解しきれていないと思っていた。

  後から思えば、数の概念ができるまで待っていたら、もしかしたらそんなに苦手じゃ無かったかもしれない。

 

シュタイナー学校の数学読本―数学が自由なこころをはぐくむ

シュタイナー学校の数学読本―数学が自由なこころをはぐくむ

 

 

  シュタイナーの算数のメソッドなら、むしろ好きになっていたかもな、とも思う。

  図形の単元は凄く得意だった。展開図なんて頭の中でひらいていけば、それを描くだけだ。

破線に沿って立体を切った切り口の問題は、なんでこんな当たり前のことを問題にするんだろうと思っていた。切ればわかるではないか、と。

  でも、結局立体の面積やらの計算も、ついうっかりどこかで単純な計算間違いをするのだ。

  ある時、姉に何気なく言った。

  2って何色?自分は赤なんやけど、と。

 

  誰の頭の中でも数字や文字に色があると思っていたのだ。

  姉は、何いってるのかわからないと話をきいてもくれなかった。

  

  数年前に共感覚という言葉をたまたま知り、長年の謎が解けたという晴れやかな気分になった。

 

プラトンとアルキメデスの立体:美しい多面体の幾何学 (アルケミスト双書)

プラトンとアルキメデスの立体:美しい多面体の幾何学 (アルケミスト双書)

 
はじめての多面体おりがみ (Heart Warming Life Series)

はじめての多面体おりがみ (Heart Warming Life Series)

 

 

  

  でも計算が嫌いだったので何となくで測量する技能が身についた。

  画塾でケント紙立体を作るときには、それが大いに役立った。数学が得意な友人は、正多面体を作るのにめちゃくちゃ細かい計算をしていた。

  もう、みてもよく分からないレベル。

  30センチ大を作るためには、一辺が何ミリで、という計算をずーっとしていた。笑笑

  私は何となくこのサイズならこれくらいやろ、と早々にケント紙を切り始め、その子が展開図を描き上げるまでに立体を完成させたら、計算したものとほとんど同じにできていた。

  友人は大いに悔しがり、そこから立体を脳内で組み立てる脳トレまで始めていた。

  と、いうことで、あまり日常で困ることが無いため、私はいまだに暗算ができない。

  時々会社で、電卓が手元になかったりで、あー、フレミーさん、計算して〜と言われて、

  「私、算数できないんだよ!」というとビックリされるので、どうやらバレていないようだ。

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  だから会長は定規がいつも見つからないんでしか?
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  うん、まぁ、そうかもね。真っ直ぐな線も気合いで引くし。笑笑
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  高校時代、デザイン用の雲形定規を、画塾の先生が皆んな買っとけよー!といっていたので、いくらするかききにいったら、お前定規使わへんから要らんやろ!と言われて、買わなかった雲形定規。

 

ステッドラー 定規 マルス 雲型定規 57140WP

ステッドラー 定規 マルス 雲型定規 57140WP

 

 

  なぜかあれを使ってるのをみると、おー!デザイナーって感じー!と憧れていたので、数年前にやっと買った。

  はい、皆さまの想像通り。

  使っていませんね。(゚∀゚)

  自分史上最高に無駄な買い物だったかもなぁ。