兎徒然

永富 月来子、絵描きです。うさぎと暮らす日々の由無しごとを綴ります。

セオリーを裏切る

  LINEスタンプ、購入してくれた方、感想を教えてくれた方、ありがとうございます(^∇^)

 私が使いたくて作っただけなんですけど、あんまりないデザインで素敵!なんてメッセージを頂けたり…、作り甲斐ありました。

  そして、LINEスタンプの買い方がわからなくて(LINEスタンプは作った本人も買わなきゃ使えないんでしよ〜)あーだこーだやってるうちに、知り合いがバンバンスタンプ流してきて( ̄▽ ̄)あ、私より先にふきちゃんスタンプ使てる…て、なりました。

  やっと買えました!わーい、ふきちゃんスタンプ( ・∇・)

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  ↑ムダに押しまくる、私の実際のライン画面。

  そしてどんなスタンプがあったらいいか、って意見も頂いたんですが、これ、面白いもので、その人の個性が出ますね。

  こんなのが欲しい、って言われたけど、そんなん私、絶対つかわへん!っていうのとか。

  会長はふきちゃんで断る、いやでし!スタンプを作りたいけど、でし、つけたら、審査通らない可能性もあるなぁ…。

 

  LINEスタンプで推奨されてるデザインは、

①主線がはっきりしている

②はっきりした色で、色数はしぼる

③丸みのあるデザイン

④キャラクターは3頭身

らしい。これ読んで、アレ?じゃあ水彩画そのままいったほうが、似てるスタンプがなくていいよね?となり、このセオリーは無視して作った。

  ものづくりにおいて、セオリーは踏襲して理解した上で裏切る、のが私のやり方。同じようなもの作り上げても、それはクリエイティブな活動ではない。ただの作業。

 

 絵画やデザインにおいても、仕事やその他で、こうしちゃいけない、とか、こうあるべき、とか、セオリーを振りかざしてる方がいるけど、ナンセンスだなー、と思う。

 

  高校時代に画塾の講習会を冬休みにだけ行ったときのこと。そこでは、受験対策の一環として、受験さながらの課題が出され、時間内に規定のものを提出し、講師が採点する、というコンクールがあった。

  デザインの課題で、私は木のキャラクターを描いた。結果は良い評価だったんだけど、ずっと通っている塾生が講師に意見をした。

「先生はいつも、線描したらいけないっていってるのに、月来子さんの完全なる線描じゃないか。なのに何で高得点なんですか?」

  

  そう、けっこう教えるとなると先生ってこういうこと言いがち。たしかにデッサンの概念だと線など存在しないから、そんな流れでデザインも、マンガみたいに描くな!みたいな意味で言ってたんだと予想される。

 

  先生なんて答えるんかな。と、ハラハラしていたら…

 

「そうなんだけど…

 月来子のこれは良い。

 良いものは良い。

  それは覆せない。」

 

  「線描もうまく使えばいいってこと」

 

  先生、サラーと自分の言葉を覆しました。笑笑

 

  先生すごいなぁ、と思った。人ってなかなか自分の言ったことを覆すのって難しい。しかも立場が先生だったりすると。

 

  でもこの先生の言葉を真面目に守る感受性の人って、アーティストに向いてないよなぁ、と思った。

 

  私、先生がこうしろ!とかアドバイスをくれても、盲目的にそうしない生徒でした。

  周りから、「あっさり先生の意見を無視するとこ、すごいわー」と言われたことがある。全部無視するわけじゃないですよ。ちゃんと聞いて、そうした方がいいと思うアドバイスを頂けたらラッキーなこと、すぐにやる。

 でも、私が作りたいものを先生が全部理解してるわけではないので、いや、私はこうします、って時もある。

 

  人に意見できない人、けっこう多い。でも、それって結局、自分が人に意見されたら嫌だからなのかな?

  人の意見を拒否できないのも同じで、自分が拒否されたら傷つくからなのかも。

 

  日本の思考の文化なのかもしれないけど、特にビジネスの上では、意見は交友関係とは切り離して考察するもので、意見を受け入れ、拒否も受け入れる姿勢が必要なんだろうなと思う。

  それが向上心あるチームワークなんじゃないかな。

 

  嫌われるのが怖くて言えないリーダー、狡いなぁとおもう。結局誰かがその狡さの被害者になってると思うの。