兎徒然

永富 月来子、絵描きです。うさぎと暮らす日々の由無しごとを綴ります。

夢と未来、文化の変容を考える。

    子どもの頃、将来の夢がテーマの弁論や作文って多かった。保育園の卒園記念品にはカセットテープがあった。みなの歌声とともに、将来の夢を一人ずつ発表するという音声が録音されていた。

   「花屋さん」「ケーキ屋さん」「お嫁さん」「野球選手」「大工さん」、次々とみなが当たり前のように答えていく中で焦った。

   こういうの、はい、今から将来の夢言って〜で、みんな答えられるのが普通なのかな?私は、なんで前もって考えるように言ってくれないんだろうと思った。

   まぁ、なんとなくで答えればいい、そんなものだったのかもしれないが、私はそういうことを、なんとなくその場のノリで答えるのが無理だった。黙々と熟考している私に先生は痺れをきらして「絵描きになりたいです」なんて言わせた。

  でも、内心は、絵を描くのは好きだけど、絵描きになるってことは、それで暮らしていけるだけ稼がなきゃいけないし…絵描きって儲からないんだよなぁ、なんて考えていて、漠然と将来に不安を覚えた。

   ちゃんと一人で身の回りのことをして、仕事をして、お金を稼げるような大人に、私はなれるんだろうか。大人という年齢まで元気に生きてるんだろうか。

  なんというか、不健康な思考である…(´・∀・`)我ながら…。

   私がそう簡単に仕事というのは目標にはならないと思うと言うと、まゆこちゃんは、「私はお金持ちと結婚して大きな家に住んで、きれいなドレスを着て暮らす。」と平然と言った。

   そうか。でも私は多分結婚はしないわ。

   なぜだかそれははっきり思った。

   現代の子はさらに複雑で、近未来の社会、文化がどう変化するか考えないと、答えられないではないか。

 

   子どもの頃に想像した未来に、スマホは無かった。20年先の暮らしが、あんまり想像できない。色んなことが変わるのかな。20年じゃ案外変わらないのかな。

   職人さんの技術は、多種の分野で消えてしまいそうな気がする。残念だけど。

   そして更に30年後、そうした技術をとりもどそうと研究がなされたりするんだろうか。辻ヶ花や曜変天目を再興させようとした人がいたみたいに。

  よく、アナログな文化が無くなるのを簡単に嘆く人がいるけれど、嘆くことと、アナログ文化を本気で必要としているかは別だなぁと感じる。職人、技術者の手間と時間を要するものはお金がかかるのだ。

  そのお金が払えるかというと、その人はてんで払うつもりがなかったりする、これもまぁ当たり前のことなんだろう。

  

  この10年で急速に進んだのは紙文化の縮小である。先々、日本画をやりたいと思っている私は、支持体である和紙の製造技術を後継する人が少なくなったら、今以上に日本画画材は高級になるんじゃないかと気が遠くなる。

  ビジネスとして時流にどう乗るか、この頃よく考えている。考えなくちゃなぁと思う。